初恋の気持ちを込めた封筒とラブレターの思い出

高校時代の夏を思い返すと浮かんでくるのが、クーラーのない暑い教室とトランペットの音、そして、行き交う無数の封筒。

私が所属していた吹奏楽部には、ある「呪いの伝統行事」がありました。夏休みに開催される大きなコンクールが終わると3年生は引退となり、そのタイミングで「手紙交換会」が行われるのです。それは各部員が先輩と後輩それぞれに向けて感謝や激励の手紙を書いて渡すというもので、毎年コンクール後には一人で約30名分もの手紙を準備しなくてはなりません。一度経験すると誰もがゲンナリしてしまう厄介なイベントでした。

「一体誰が言い出したんだ!?」「絶対間に合わない」夏の終わりには部員の間でそんなボヤキが飛び交いました。でも、やっぱり先輩や後輩から手紙をもらえると嬉しいものでしたし、めいめいの選んだ便箋や封筒を眺めると部員それぞれの性格まで浮彫りになってくるようでした。

ピンク色の花の型押しがされた可愛らしい封筒とメッセージカード。
手裏剣のイラストが入った渋い封筒と、シンプルな一筆箋。
文章量を減らしにかかったと思われる、巨大なイラストの入ったメモパッド。

私自身も手紙交換会のための封筒や便箋を選ぶのは楽しい作業で、ここぞとばかりに可愛いキャラクターものの便箋セットを買って少しずつ準備していましたが、2年めの手紙交換では少々迷っていることがありました。好きだった3年生のT先輩に、想いを伝えるチャンスだったからです。

T先輩は私と同じトランペットパートの一員でした。普段からよく話す間柄だったものの、特別好かれている感じでもなく・・。私自身も初めての恋心に戸惑っていて、この気持ちをどうしたらいいのか分からなくなっていました。

手紙交換会が終わったら、T先輩は部活に来なくなって会えなくなってしまう。でも、好きな気持ちを伝えて、どうしたいのか自分でも分からないし、何より恥ずかしい。そんなこんがらかった気持ちでした。

便箋にペン先を置いては引っ込めるのを繰り返し、結局先輩への手紙は最後まで後回しになったあげく、日頃の感謝と「お疲れ様でした」という内容を書くにとどまりました。準備万端の30通を超える封筒の束を持ち上げて、少しの達成感とあきらめの気持ち。黄色いクマのキャラクターが描かれた封筒には、いつもの後輩らしい態度の私が似合っているように思えました。

かくして例年通りの手紙交換会が終わり、秋になりました。新たに吹奏楽部を引っ張ることになった同級生たちは早速体育祭や文化祭の準備で賑やかになりましたが、私はT先輩に正直な気持ちを伝えなかった後悔と寂しさに苛まれていました。T先輩に会えなくなって初めて、大事なチャンスを棒に振ったことを痛感したのです。

思えばそれまでの私は、いつも逃げ腰でした。素っ気ない態度を取られたら辛いから、自分から話せない。一緒に帰れないかな、なんて期待しながら近くで自主練習してみたり。T先輩に振り向いてほしいと願っていたのに何も努力していなかった自分が嫌になり、辛さと寂しさで泣く夜が続きました。

年明けの受験シーズンがひと段落すると卒業式がやってきます。私は意を決して、夏に伝えられなかった気持ちを手紙に書いて渡すことにしました。選んだのはいつものようなキャラクターもののレターセットではなく、無地のミントグリーンの便箋にクリーム色の封筒でした。シンプルなものにしたのは真剣な想いを伝えたいという気持ちが半分と、もう半分は気恥ずかしさで当たり障りない封筒しか選べなかったからでした。

卒業式の当日、この手紙を渡すチャンスは式が終わった後のわずかな時間だけでした。私は階段の隅に立ってT先輩が通るのを待ちました。どうしよう、本当に渡すの?ここまで来てやめる?そんなことを思いながら鞄の中に入れた封筒を指で確かめましたが、何度触ってもクリーム色の封筒は確かにそこにありました。

やがて先輩の姿が現れ、私は声をかけて「手紙を書いてきました」とだけ言って渡しました。ずっと鞄の中で触っていたので、封筒は角が少し折れ曲がっていました。

その後T先輩から返事が来ることはなく、私の初恋は失恋に終わってしまいました。

手紙の内容は、実はずっと好きだった事と、卒業をお祝いする言葉。「付き合って下さい」の一言は最後まで書けないままでした。

今でもあの時のことを情けなかったなあと思いつつ、あのころ手紙や封筒に託していた若い恋心と少しの期待を懐かしく思い出します。夏の終わり、まだ暑い音楽室を行き交う無数の封筒の中に、もしかしたら好きな人への想いを託した人がいたかもしれません。

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